2021年6月、友人二人と共にヨセミテ国立公園の深いバックカントリーへと足を踏み入れた。目的地は「Grand Canyon of the Tuolumne(GCT)」。総距離61.7マイル(約99.3 km)、累積標高差10,362フィート(約3,158 m)を踏破する有名なバックパッキングルートである。我々は5日間を費やして考察の旅へ挑んだ。ヨセミテ国立公園は年間数百万人もの観光客が押し寄せるが、ヨセミテ渓谷の喧騒とは対照的に、一度奥地へ入れば、静寂と荒々しい大自然が広がっていることについて改めて感動があった。
ウォーターホイール・フォールズ――空中に放出される水の意志
初日(6/24)にホワイト・ウルフを出発し、ペイト・バレーへと12.2マイルを下った翌日。行程は14.2マイル、3,301フィートの過酷な急登へと突入した。そのハイライトとなるのが、落差800フィート(約240メートル)に達する巨大な名瀑、ウォーターホイール・フォールズであった。
強烈な流速を持った激流が、川底の斜めに刻まれた花崗岩の棚に衝突し、巨大な円弧状の水柱を空中に放出していた。それは単なる自然現象というより、地球の純粋な生命エネルギーの発露そのものに見えた。周辺は長年の水しぶきによって極めて滑りやすくなった平滑な花崗岩に囲まれているが、ここはバックカントリーであり、安全柵や警告看板などの人工物は一切存在しない。水深がわずか15センチメートル程度であっても大人を容易に押し流す水力学的エネルギーがそこにはあった。
激流の圧倒的な轟音が、脳内の不要な思考やエゴをすべて洗い流してくれた。
ミューア・ゴージのバイパスとエネルギーの選択
ルート上には、渓谷の両壁が数十メートル幅にまで極端に狭まるチョークポイント「ミューア・ゴージ」が存在する。一般のバックパッキングトレイルは、この通過不可能なゴージ底を避け、南側の険しい斜面を大きく迂回して高巻くように設計されている。
テン・レイクスへの帰還と完全なる変容
6月26日はトゥオルミ・ピーク付近まで13.9マイル(3,497 ft EG)を進み、続く6月27日はテン・レイクス・トレイルヘッド付近までの13.7マイル(2,192 ft EG)を歩き抜いた。連日の過酷なアップダウンを経て、バックパックの食料が減り物理的に軽くなるのにシンクロするように、私の精神も驚くほど軽量化されていることに気がついた。
最終日(6/28)、Tioga Pass Rd沿いのホワイト・ウルフへと7.7マイルを歩き切り、元の場所へと帰還した。しかし、出発前の自分と今の自分は明らかに異なるエネルギー波動を纏っていた。5日間の過酷な歩行と自然の驚異の連続は、日常の虚飾を削ぎ落とし、私を新しい次元へとシフトさせる完全なるエネルギー・トランジションの儀式であった。
ジョン・ミューアの「恐るべき洗礼」とトゥオルミの神殿
GCTの核心部である激流の傍らを歩きながら、以前読んだことがあった、ヨセミテの自然保護の父、ジョン・ミューアについての本を思い出して、その凄まじい熱量を帯びた足跡を強烈に感じずにはいられなかった。ミューアはヨセミテの地勢を単なる美しい景勝地ではなく、「神と直接つながるための偉大な自然の神殿」として解釈していたようだ。彼によれば、人間が作り上げたいかなる神殿もヨセミテの足元には及ばず、峡谷の壁を構成するすべての岩石は生命の輝きを放っているのだという。
ミューアの自然との向き合い方は、安全な場所から景色を消費する現代の観光客とは根本的に異なっていた。彼は本能的な衝動に突き動かされるまま、滝のまさに落下する境界線へと這い進んで水の「死の歌」を間近で聴き、ある夜には月光を浴びる滝の裏側の濡れた岩棚に潜り込み、激しい氷冷水による洗礼を全身で受け止めた。恐怖を超越したこのような過激な肉体へのアプローチを通じて、彼は人間中心主義の傲慢さを打ち砕き、自らを完全に自然の一部へと融和させていった。
私たちが迂回したミューア・ゴージの底で吠え猛る野生の激流もまた、ミューアにとっては「厳しい荒野こそが人間の精神を浄化する」という揺るぎない確信を裏付ける空間であった。
さらに、このGCTの西端に位置するヘッチ・ヘッチー渓谷を、ミューアは「トゥオルミのヨセミテ」と呼んで溺愛していた。1913年、人間の実利主義的なダム開発によってその神聖な渓谷が湖底に沈むことが決定した際、彼は「自然を商業主義の市場に売り払う恥」と激しく糾弾し、失意の内にこの世を去った。しかし、そのヘッチ・ヘッチー喪失という深い悲劇と敗北があったからこそ、現代の私たちが歩いているGCTの過酷なバックカントリーを永久に保護するための強固な法律(野生・景観河川法など)が誕生した。
トゥオルミ川の圧倒的な轟音を聞きながらこの地で歩を進める時、これは明らかに単なるレジャーとしてのハイキングをしているのではないと感じた。大地の動的なエネルギーを直接肉体に浴び、ミューアが命懸けで守り抜こうとした「地球の純粋な霊的空間」の中を巡礼していることに気づかされたのだった。

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