Guitar Lake to Mt Whitney:4.5 mile
朝の輝きと、最後にして最大の登り
ついに、ジョン・ミューア・トレイル(JMT)の最終日の朝を迎えた。 テントを開けると、朝日に照らされたGuitar Lake(ギター・レイク)が息を呑むほど美しい姿で私を待っていた。この記念すべき旅の最後の夜を、これほど素晴らしい絶景の特等席で過ごせたことに、心から感謝した。
予定では、目的地のMt. Whitney山頂まであと5マイル(約8km)もないが、しかし、ここからさらに標高差3,000フィート(約914m)以上を一気に登り詰める必要があった。距離こそ短いが、最後にして最もタフなトレッキングになるのかと想像していた。 ここ3日間ほどの著しい体力低下を考慮し、今朝は予備の朝食用のバーも使い、2食分のエネルギーをしっかりと体に詰め込んで、最後のトレッキングへと挑んだ。

空を飛ぶような「Hiker’s Legs」の覚醒
Guitar Lakeを出発し、JMTとPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)の分岐点であるジャンクションを目指したが、距離にして3マイル足らずとはいえ、朝一番からの急登は容赦なく体力を削ってきた。
なんとか辿り着いたジャンクション。事前に他のハイカーの記録から「JMTハイカーはここに大型ザックをデポ(一時保管)して山頂を目指す」と聞いていたのだが、ザックは一つも置いていなかった。 「ここへザックをそのまま置き去りにすると、中の食料を狙ってマーモットがザックを食い破る」という情報を思い出していた私は、念のため食料の入ったベアカニスターだけをザックの外に引っ張り出して岩場に置いておくことにした。

ここから山頂までは1.9マイル(約3km)だが、サミットサックに、水とスナックバー、そしてジャケットだけを詰め込んで歩き出した。その瞬間、信じられないような感覚が体を突き抜けた。
「……軽い。まるで空でも飛べるんじゃないか?」
これまで200マイル以上の道のりを、限界に詰め込んだ70リッターのザックと共に歩んできた。最後の補給地点のMTR(ミューア・トレイル・ランチ)を出発したときは50ポンド(約21kg)近くあった重荷から、一瞬にして解放されたのだから当然かもしれない。 トレイルの途中、多くの日帰り登山者(デイハイカー)たちとすれ違った。彼らが疲れた表情で一歩一歩ゆっくりと進んでいる中、私はまるで爆速で走るかのように、次々と彼らを追い越していったが、自分でも不思議なほどの推進力だった。





Devils Postpile(デビルズ・ポストパイル)周辺以来、久々に出会うデイハイカーたちだった。シーズン中は大混雑することで有名なこのホイットニー・トレイルだが、10月に入った月曜日ということもあり、登山者の数はかなり少ないようだった。 私の脚は確かに疲労困憊のはずだった。出発前に先輩スルーハイカーから、長距離ハイカーの得るいわゆるHiker’s legsと言う状態が道中に完成してくると聞いてはいたが実体験でわかった。200マイル以上もの過酷な山道を歩き通してきたことで、身体は全身疲れているが、脚はトレッキングに順応している状態になっていた。
14,505フィートの頂:孤独と、圧倒的な達成感
ジャンクションからの絶景トレイルを猛烈なペースで突き進み、1時間もしないうちに、ついに標高14,505フィート(4,421m)の山頂へと足を踏み入れた。
アメリカ本土最高峰の頂上エリアは、想像していたよりも広々としていた。月曜日の山頂にいたのは、わずか10人ほどの登山者だった。そしてジャンクションにザックがなかった理由に、ここでようやく気がついた。 今、この場所にいるJMTハイカーは、私ただ一人なのだ。
他のみんなは日帰りの登山客だった。そのうち到着する登山者が増えて来て、結構賑やかになった。同じ過酷な旅を終えたハイカーたちと肩を抱き合ってセレブレーション(お祝い)をする機会がなかったのは、正直に言えば少しだけ寂しかった。周りから見れば、大型ザックを下に置いてきた私もただの日帰り客に見えるだろう。誰とも言葉を交わすことなく、頂上に静かな孤独感が漂った。 しかし、胸の奥から湧き上がってくる達成感は半端なものではなかった。 「だったら、この至高の達成感を、たった一人で静かに噛みしめるのも悪くない」 そう思うと、贅沢な誇らしさが心を満たしていった。
眼前に広がっていたのは、予想を遥かに超える凄まじい絶景だった。 360度、全方位が遮るもののない大パノラマ。南には遥か低地に広がるデスバレーの荒野と、ローンパインの街並みが小さく見えた。ホイットニーの足元に広がる荒々しい峰々と、宝石のように散らばる氷河湖のコントラストは、恐ろしいほどに美しかった。 そして北を振り向けば、これまで自分が命を削りながら歩いてきたシエラの山脈が、どこまでも連なっていた。2日前にあの極限状態で越えたForester Passの姿も、遠くかすんで見えた。夢中で全方位のシャッターを切り続けた。
「ついにここまで来たら、自分は泣いてしまうかもしれない」 出発前はそんな想像もしていた。けれど、いざ立ってみると涙は出ず、心は驚くほど静かで落ち着いていた。ただ、どこまでも清々しい空気の中で見る山頂の景色は、神秘的なまでに神々しかった。 道中、疲労でコンディションが崩れるたびに、「どうやって途中下山(エスケープ)しようか」と冷徹にシミュレーションしたこともあった。けれど、私は今、間違いなくこの旅をコンプリートしたのだった。
他のハイカーのブログでよく見ていた、あの木製の「登頂記念サイン(山頂看板)」を持って写真を撮ろうと探してみたが、どこにも見当たらず、諦めて小屋の写真を撮った。 それでも、無事にここに到達できたこと、そしてJMT縦走をやり遂げられたという巨大な安堵感が、じんわりと体を満たしていった。空は吸い込まれそうなほど透き通った青空だった。旅のフィナーレを飾るホイットニー山が、これ以上ない晴天に恵まれたことに、心から感謝した。





214マイルの航跡を振り返って
ジャンクションまで一気に下り、お世話になった相棒である大型ザックと再会する。そして、これまで私を導いてくれたJMTのトレイルに向かって、別れと心からの感謝の挨拶を告げた。 「ここで本当にお別れなんだ」と思うと、急に深い感慨が込み上げてきた。

ヨセミテ・バレーを出発し、アンゼル・アダムズ・ウィルダネス、キングス・キャニオン、そしてセコイア国立公園を突き抜けて、全行程210.4マイル。この圧倒的な距離を、自分の足だけで縦走してきたという事実が、未だに信じられなかった。
下山ルートであるWhitney Portal Trailへと入った。急峻な下り坂がどこまでも続き、この道を日帰りで往復する登山者たちのタフさに感心させられた。 そのまま今日中に登山口へ降りることも可能だったが、さすがに肉体の疲労はピークに達していた。無理をせず、途中にある「Trail Camp」にテントを張り、旅の余韻に浸りながらもう一晩だけ山の中で過ごすことにした。ローンパインの街へ降りるのは次の日にした。
Trail Campには沢山のキャンパーたちがいたが、JMTハイカーらしい人は誰も見つけれなかったので、誰とも話さずに静かに1人で過ごした。この最後の静かな山の夜、私はJMTを歩ききった自分を、あらためて、誇らしく思いながら眠りについた。


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